09 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 11

「足ながおじさん」 

 「足ながおじさん」
 ジーン・ウェブスターの小説「あしながおじさん」を原作にした1955年作のアメリカのミュージカル映画です。
 主演はフレッド・アステアとレスリー・キャロンの2人。なんて物知りふうに書いてますけど、実は、この2人の出演映画は、これまで観たことがなかったんですよね。
 レンタルビデオという今となっては、いささか古めかしい方法で、今回この「足ながおじさん」を初めてみました。

(そうそう、今日の記事は「ネタバレあり」ってやつです!気を付けてくださいよぉ)

 小説「あしながおじさん」は別府の愛読書なんですけど(関連記事はこちらです)、今回この映画を観るまで全然気づかなかったことが…

 dadylong.jpg

 「あしながおじさん」って、庇護する者と庇護される者とが禁断の愛に陥るという背徳的な物語だったのですね。
 言ってみりゃ、真田広之と桜井幸子の「高校教師」みたいに。
 自分で書いてて、ひえ~って思ってしまいますが…

 koukoukyoushi.jpg

 考えてみると、ウェブスターは小説「あしながおじさん」の中では、その背徳的な構造を見事に覆い隠して?しまっています。

 「あしながおじさん」と主人公ジュディの友人「ジャービス・ペンドルトン」とが同一人物であることは物語の最後のところまで読者にも伏せられていますから、物語の途中で、ジュディはどうやらジャービスのことが好きみたいと分かってきても、そこに背徳的なものは感じられません。
 それにジュディが1度も会ったことのないままに思い描く、年配のお金持ちの慈善家といった「あしながおじさん」の漠然としたイメージと、ユーモアがあって快活な若者として生き生きと描かれているジャービスのイメージとは、その対比があまりにも鮮やかです。このため読者は、2人が同一人物であったと説明された後も、なおジャービスとは別の「あしながおじさん」が、まるでどこか知らないところにいる別人のように感じ続けてしまうのです。
 このような舞台装置の中で、ジュディの目線から語られた物語を読む限り、彼女はジャービスを「あしながおじさん」と知らずに愛するようになったわけですから、背徳的なイメージは入り込む余地がないと言ってもよいほどです。

 ところが映画「足ながおじさん」では、物語は第三者的な視点から描かれていて、大金持ちのジャービスが孤児のジュディの才能を認めて支援しようとするところも最初から説明されています。
 ジャービスを演じたフレッド・アステア本人が決して若くはないことも相まって、物語は明らかに背徳の匂いがバッチリしちゃってます。

 

 この避けようのない状況を逆手に取るように、ジャービスの友人である大使?が、ジャービスを「恥知らず」と罵ったりするシーンとかもあるんですけど、そういった演出が上手くいっているかと言われると、「う~ん」でした。

 というわけでダンスシーンはとても素敵だったけど、映画の方の満足度は70点といったところでした。


 
 いつも応援をいただきましてありがとうございます。
スポンサーサイト

[edit]

trackback: -- | comment: 2

« 名称変更で「リブランド」ってことみたいです  |  「プティ・パパ・ノエル」 »

この記事に対するコメント

私も映画は見てません

別府さん、おはようございます。
私も好きでした、「あしながおじさん」
視点が違うだけで、それほど変わってしまうのですね。
でしたらいっそ、ジャービスの目線で
この物語を見てみたいな~
一番葛藤し、ドラマとして
起承転結がありそう…

PATTI #- | URL | 2012/04/11 10:18 * edit *

応援に着ましたよ^^

ガンバァ━━(`・д・´)ノ━━!!

ひでまる #yJiIX3Jg | URL | 2012/04/11 15:38 * edit *

コメントの投稿

Secret