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腑に落ちる 

 外国の曲の訳詩を作って、それを歌ったりしていると、たまに文節の区切り方が違っているのでは?といったご指摘を先輩から受けることがあります。
 歌の師匠というものを持たない私にとっては、こういったアドバイスはあり難い限りです。
 つまり歌詞になっている言葉の成り立ちやその意味を考えて音符に対応する歌詞の割り振りを行うということだと思うのですが、実は、ここが悩ましいところでもあるのです。原曲の歌詞の流れ(いわば「人」という楽器の出している音の連なりという程度の意味です)を日本語で再現しようとすると、こうしかならないなーとか悩んでしまって。

 それが今日
♪ 情けない女になって しまいそな時には サンバ(「私はピアノ」作詞作曲 桑田佳祐より)
なんて鼻歌を歌いながら片付けものをしているときに、そうだったのか!と突然、腑に落ちました。
 この私の悩みって、私がサザンの曲をシャワーのように浴びて育ったからこその悩みに違いないと気づいたのですよ。
 桑田さんの作る曲って、説明的な歌詞はほとんどなくて、その歌詞だけを読むと、そこには感覚的な言葉が無造作にばら撒かれている印象です。なのに、それをメロディーにあわせてサザンが演ると、ドキドキするほど色鮮やな情景が浮かび上がり、しかも陶然とするほどセクシーな音の連なりがつむぎ出されてくる。
 いや、それだけじゃない。自分で歌ってみても、歌詞をメロディーに乗せて声に出してみるだけで、歌う行為そのものに官能的といってよいほどの喜びがある。気持ちいぃー
 歌詞とは、ただ物語の内容を伝えるための手段にあらず、言葉の持つ音と響き、それは言葉の国籍を超えて、音楽の大切な要素なのだと、知らず知らずのうちに教えてくれた人が桑田さんだったのだー
 偉大なミュージシャンにふかく感謝。
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