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短くはまとめようもなくて… 

 「引き裂かれたイレブン ~オシムの涙~」
 以前からずっと気になっていたドキュメンタリー作品でした。
 DVDを入手したので、早速観てみたのです。
 感想を一言にまとめるといったことが到底できないような何か重くて苦しいものが残る作品でした。これまで本で読んだことしかなかった事実をヴィジュアルとして見せつけられることによって、その分だけショッキングだったことは確かみたいです。

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 作品は、1999年に、ユーロ2000(2000年サッカーヨーロッパ選手権)本大会への出場権をかけて、ユーゴ(分離する前のセルビアとモンテネグロとの連合国家、いわば新ユーゴ)とクロアチアとが、それぞれ両国の首都でホーム&アウェー戦を戦う直前の情景から始まります。
 白昼、両軍のサポーターたちは陶酔の表情を浮かべながら、相手方民族へのあらん限りの侮辱と憎悪を込めた罵詈雑言を大声でシュプレヒコールしています。見ていて首筋の後ろの辺りがこわばり、口の中に苦いものがこみ上げてくるようなシーンが延々と続くのです。
 そう、この2つの国は、このときからホンの数年前、クロアチアの旧ユーゴからの独立を巡って血で血を洗う戦闘を繰り広げていた国同士だったのです。
 そして激突する両チームの選手たちの多くは、かつて同じ旧ユーゴ代表のユニフォームをまとい、旧ユーゴ代表最後の監督イビツァ・オシムさんの指揮のもと、同じ夢をみながら共に戦った仲間たちだったのです。

 作品はこれらの選手たちへのインタビューシーンと記録映像、それにオシムさんへのインタビューシーンを加えたものを中心に構成されています。
 選手たちは、ユーゴという多民族連合国家の崩壊の中での選手生活についてインタビューに答え、ある者は心に受けた傷について語り、またある者は失われた選手としてのキャリアの空白について語ります。さらにある者は民族の誇りについて言及していきます。
 ただ選手たちが皆、異口同音に語るのは、かつて一緒に戦ったチームメイト達は特別な「仲間」であったし、その思いは今も変わらない、かつてこの仲間たちと一緒に、いずれはワールドカップでも優勝できるだろうと思っていたという思いです。

 いずれワールドカップでも優勝という選手たちの思いは少しも大げさなものではありません。1980年代後半から90年代にかけて旧ユーゴには才能あふれた名選手が綺羅星のごとく続々と輩出され「東欧のブラジル」と呼ばれていました。90年代のヨーロッパのサッカークラブシーンを眺めるとき、各国ビッグクラブのトップスターたちの中から旧ユーゴ出身の選手を挙げていくと優に11人を超えてしまうのです。

 旧ユーゴチームは、1987年チリワールドユース大会で優勝。黄金世代の登場です。その後、オシムさんが代表監督に就任して代表の世代交代を進め、1990年イタリアワールドカップでベスト8進出(準々決勝にてアルゼンチンにPK戦で惜敗)。
 ちなみにこの頃、代表に何人もの選手を送り込んでいたユーゴ国内の強豪クラブチーム ズベズダ・レッドスターはヨーロッパクラブ選手権で優勝した後、1991年のトヨタカップで南米代表を破ってクラブチームの世界一に輝いています。
 そして話を代表チームに戻すと旧ユーゴは、ユーロ1992の予選を圧倒的な強さで勝ち抜き、スウェーデンで行われる本大会への出場を決めました。もちろん優勝候補です。

 しかしその一方で祖国旧ユーゴの崩壊は確実に進行していました。
 多民族共存の象徴であったカリスマ、チトー大統領が亡くなった後、徐々にその綻びをみせ始めていた多民族国家は、東西冷戦の終焉の後に台頭してきた民族主義の嵐の中で、一気に崩壊への歩みを加速させていきます。
 インタビューの中でオシムさんは、その頃の情景について「ナチスドイツが政権を獲得した際の様子を想起した」と述べています。賢明なオシムさんはすぐに「誤解しないで欲しい」と言葉をつなぎ、特定の人物や勢力をナチスと重ねてあわせて非難しようとする意図がまったく無いことを明らかにした上で「プロパガンダによって熱狂させられた大衆が思いのままに操られる様がナチスドイツの台頭のころの様子を想起させたという喩えだ」と説明します。
 1991年にはスロベニアとクロアチアが旧ユーゴから独立を宣言。そのうちクロアチアとセルビア勢力を中心とした旧ユーゴとの紛争は長期化していきます。
 翌1992年には、ボスニアが旧ユーゴからの独立を宣言。ボスニア国内のセルビア勢力がこれに反発して内紛化すると、旧ユーゴ、クロアチア両国がそれぞれこれに介入。旧ユーゴ側軍隊がボスニアの首都サラエボを包囲するという最悪の事態になりました。
 サラエボはオシムさんが生まれ育ち、そのときも家族が住んでいる町だったのです。

 旧ユーゴの首都ベオグラードを本拠地とするクラブチーム、パルチザンの指揮を執っていた(代表監督と兼任)オシムさんは、事態に関して沈黙を守ったまま仕事を続けますが、国内カップ戦決勝で前述のズベズダ・レッドスターを破って優勝すると、その日の夜に代表監督を辞任することを発表しました。
 いわば敵の真っ只中に1人でいるにもかかわらず、オシムさんは高ぶる様子も見せず、誰かを非難するわけでもなく淡々と、しかし固い決意を秘めた毅然とした表情で言葉をつむいでいきます。
 「私が辞任する理由は分かってもらえるだろう。いまサラエボで何が起こっているかご存知のはずだ。どうか思い出して欲しい、サラエボは私の故郷だということを。辞任はサラエボのために私にできる唯一つのことなのだ。」

 オシムさん監督辞任の直後、旧ユーゴ代表はユーロ92に出場するためにスウェーデンに向かいますが、突如その出場権を剥奪され、選手たちはストックホルムの空港から強制的にUターンさせられたのです。
 サラエボ包囲戦で市民に大量の犠牲者が出たことなどが大々的に世界に向けて発信され、対西側外交戦略に完全に敗北した旧ユーゴは、急激に「セルビア悪玉論」が台頭する中、国連の制裁決議を受けました。
 その制裁決議の一内容が国際スポーツ大会への出場禁止だったのです。

 こうして世界を席巻するはずだった最強の代表チームは、栄光へのビクトリーロードを歩み始めたかに見えた、まさにその瞬間に永久に姿を消してしまったのです。そう、その後、旧ユーゴスラビアという国家自体が消滅してしまったために。
 ユーロ92の優勝国は皮肉なことに、旧ユーゴの出場禁止によって繰り上げ出場となったデンマークでした。

 作品は、最後に再び冒頭の情景に戻ると、殺気をはらんだ怒号が渦巻くスタジアムで開始された試合の様子を映し出します。
 そして作品は、試合を写しだしているテレビ画面を、身じろぎもせずに見つめているオシムさんの表情をとらえながら終っていきます。

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 オシムさんは単に優秀なサッカー監督という尺度だけで考えることのできる人物ではないと思います。
 ボスニア最大のカリスマでしょうし、バルカン半島において民族の別なく深い敬意を払われている多分唯一の人物でしょう。それは彼が、常に民族の融和の必要性を説き、民族主義者のいかなる圧力にも脅迫にも屈することなく民族の融和のための努力を自ら実践し、どんなときにも知性の優越と人間に対する慈愛を感じさせる言動を貫いて、微塵も揺るがなかったためだろう、そう思います。


 
 いつも応援をいただきましてありがとうございます。
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この記事に対するコメント

長文にて失礼します

別府さま

サッカーに対する造詣が深いですね。
私も球技全般が好きです。
取分け、水球がとても好きなんです。
友人で、水球コーチのセルビア人がいます。
彼は、シビル・ウォーと表現しておりましたが、
セルビア対クロアチアの内戦で徴兵され実戦に出た
経験もあります。

平和ボケした我々には、衝撃的な話しを聞かせて
貰ったことも少なくはありません。

しかし、この記事が如く、スポーツの世界に政治的
介入を行って、選手の出場権を剥奪することは
如何なものでしょうか・・・

選手は、日々の鍛錬を行い、肉体の維持を図って、
一日・一年ずつ闘っています。
政治家の思惑で、幾ら戦争に対する制裁とは云え、
彼らの時間を奪うことは許されないと思います。

モスクワ・オリンピック代表で、ボイコットによる出場
出来なかった選手の内、4年後のロサンゼルス・
オリンピックへ出場出来た選手は、かの柔道・山下選手
だけだったそうです。

選手のみならず、我々もスポーツを楽しめる平和な
世の中を、何時何時までも祈念しております。

また、サッカーに関する記事を楽しみにしております。

Dr. Terry #LWiXhXrc | URL | 2010/10/14 00:37 * edit *

Re: Dr. Terry さま

戦場に行かれたセルビアの方が身近におられると聞いて、何というか不意をつかれたような気がしました。
自分が戦争について考えたり、何かを語ったりするとき、知らず知らずのうちに、それをよそ事、対岸の出来事と捉えているのではないか、という思いにとらわれたからです。
平和は当然そこにあるべきものと発想してしまうメンタリティをもつことが、一概に悪いこととは思いませんが、自分に見えていないものがあるのかもしれないなぁという気はします。
それはともかくスポーツを自由に楽しめる世界はいいですね。
でも、私はそんなにサッカーに詳しいわけではありません。興味をもって本を読んだりした事柄があるというだけなんで…

別府葉子 #- | URL | 2010/10/14 16:51 * edit *

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