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斑鳩の地に法隆寺を訪ねる 


 2月の冷え込んだ日のこと、別府は斑鳩の地に向かいました。
 電車を乗り継ぐこと1時間余り、JR法隆寺駅に到着です。
 寡聞にして、この有名なお寺の名前を冠した駅があると知ったのは初めてのことでした。
 そして駅のコンコースに記念撮影スポット発見!

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 これは見逃せません。
 当然、撮影でございます。
 この駅から徒歩で20分あまり、景色を楽しみながらブラブラと歩いていくと、やがて法隆寺が見えてまいります。

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 日本最初の世界文化遺産、法隆寺に到着です。

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 さっ、行きましょう!

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 ところで今回の斑鳩・法隆寺紀行のきっかけとなったのは1冊の本でした。

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 「隠された十字架 法隆寺論」
 先般亡くなられた哲学者 梅原猛氏の代表作の1つです。
 別府は、氏が亡くなられたというニュースを聞いて、なんとはなしに興味をそそられて、読んでみたのですが、なんというか衝撃を受けるほどの面白さでした。

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 氏は繰り返します。
 すべての事象をもっとも合理的で整合的に説明する仮説こそが真理の地位を獲得するのだ。常識に捕らわれてはならないと。

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  (法隆寺五重塔)

 法隆寺は推古天皇の時代、607年に建立されたと言われています。聖徳太子が摂政だった時代ですね。ただ現在の法隆寺は、そのとき建てられたものか、それとも1度焼けて再建立されたのか、いわゆる非再建論と再建論との争いがあったそうです。日本書紀に天智9年(670年)に法隆寺は全焼したという記述がある一方で、再建されたとは、どこにもはっきり書いてないからという辺りが原因みたいです。

 DSC_1005-(1).jpg

 非再建論に立つと、いまの法隆寺は、聖徳太子が建立した当時のお寺がそのまま残っているということになって、その権威いや増すというところですね。
 でも現在では、もっぱら再建論が支持されているそうです。発掘調査の結果、現在の法隆寺の南方に、現在の法隆寺とほぼ同じ規模の伽藍の跡が残っていることが分かっているからです。

 では、現在の法隆寺は、一体いつ、誰が、何のために建てたのか?法隆寺、最大の謎です。
 ただ法隆寺にまつわる謎は実にたくさんあるのです。大小さまざま形を変えて…
 梅原氏は「隠された十字架 法隆寺論」の中で、これらの謎に挑んでいます。手を変え品を変え、あらゆる角度から。

 DSC_1001.jpg

 別府はぐいぐい引き込まれ、そして思ったのですよ。これはもう、法隆寺に行くしかないと。
 (つづく…はず)




 
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 ジャケ写beppu3

 今日の1曲は「ローズです。

 
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この記事に対するコメント

以前から拝読させていただいておりました。初めてのコメントになります。
奇しくも、私もブログで梅原猛氏の投稿をしたところでした。
私の生き方の精神的支柱になった4人の文筆家のお一人でした。

横浜キヨタ #- | URL | 2019/02/19 21:57 * edit *

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