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民族主義との闘い 

 1番最近に読んだ本のお話です。
 「オシム 終わりなき闘い」
 1年ほど前、NHKのBS放送でオンエアされた「オシム 73歳の闘い」の取材内容をベースに書籍化されたドキュメンタリーものです。

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 筆者は木村元彦さんです。
 この方、オシムさんに関する本を何冊も出されていますが、それにとどまらず、旧ユーゴスラビアに関する本を何冊か書かれていて、その中でユーゴスラビア三部作と呼ばれているのが、こちら。

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 「悪者見参」「誇り」「オシムの言葉」
 前2者はセルビアの英雄ピクシーこと、ドラガン・ストイコビッチの軌跡を辿りながら、ユーゴスラビアの悲劇を描いた作品です。
 多民族国家ユーゴスラビアの崩壊は1990年ころから形を伴って現れ始め、各地で民族間の武力衝突が始まります。
 オシムさんの故郷ボスニアの首都サラエボが、セルビアを中心としたユーゴ人民軍によって包囲されたサラエボ包囲戦が起こったのもこの頃です。

 内戦が終わって20年が経過しても、民族間の憎悪と不信は残ります。
 ボスニアでは、サッカー協会も、ムスリム、セルビア、クロアチアそれぞれの民族出身の3人の会長が存在していて、これを1人に統一することが出来ません。ボスニアは、そこをFIFAに咎められて、国際試合への参加資格をはく奪されてしまいます。
 「オシム 終わりなき闘い」は、その状況に立ち向かっていくオシムさんの姿を追い続けます。
 各民族の代表者たちと会い、説得し、サッカー協会の会長を1本化し、FIFAに処分を撤回させることに成功し、さらに、その後も、サッカーを通じて、民族の垣根を超え、ボスニアを1つにまとめるような、誇りと希望の拠り所を求める、いつ果てるともない闘いを続けるオシムさんです。

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 ブラジルワールドカップ、ヨーロッパ予選、ボスニアがブラジル行きをかけて戦うことになった最終戦、世界の各地からボスニアサポーターが集まります。
 内戦によって、家を失い、家族を失い、祖国を追われて難民となり、世界各地に落ち延びていった人たちが集まってきます。そこで、魂が求めて止まない祖国と、再びつながるために…



 
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 今日の1曲は「アミラとボスコ(橋の向こう側)」です。

 
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この記事に対するコメント

オシムさん

「オシムの言葉」は僕も持っています・・・

オシムさんの生き方・・・尊敬するばかりです・・・

彼のようにありたいものです・・・

たばさ #- | URL | 2015/03/09 09:29 * edit *

NoTitle

↑うん、確かにそうなんだけど、私はオシムを見つめる別府さんを、その後ろから見ている気がする。
(熱いまなざしが注がれているんだな)と思いつつ。
ボスニアのことはよく覚えています。

old comber #- | URL | 2015/03/09 15:12 * edit *

民族主義も過ぎたれば悲惨。

 旧ユーゴスラビアは旧ソ連よりも遥かに巧くいっていました。
 少数派のクロアチア出身のチトーがセルビア人を得心させユーゴスラビアを形づくりました。
 チトー後は各々の構成共和国の代表が持ち回りで全体の元首を務めました。ソ連よりも風通しが良かったのです。

 それが、経済力のあるスロベニアが待遇改善(自国の富が貧しいセルビアに流れる)を要求する意味で議会がブラフとして独立を採択、それをドイツをはじめ周辺国が短兵急に承認した事で国際法上の独立が成立してしまい、クロアチアが続いて独立宣言、内戦が勃発。内戦の火の手はボスニアやセルビアのコソボ自治州へ、旧ユーゴ全域に拡がりました。

 アメリカのように世界を自国の価値観に押し潰そうとするのもムカつくが、かといって民族意識を頑なに主張しすぎるのも正しいとは思えない。

 なかなか「中間」という落とし処が見いだせないのが辛い。

晴雨堂ミカエル #- | URL | 2015/03/10 09:40 * edit *

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