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「アミラとボスコ (橋の向こう側)」 

 今日は、Youtube に新しくアップされた別府の動画をご紹介します。
 「アミラとボスコ ~橋の向こう側」
 実話にもとづいて作られた曲です。

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 アミラは、イスラム教徒のムスリム人の少女、ボスコは、正教会を信仰するセルビア人の青年でした。
 2人は、若い愛を育み、そして周囲は、その愛を祝福して見守っていました。
 1990年頃以前の、サラエボでは、こういった民族を超えた愛は珍しいことではなかったようです。

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 その特徴が、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、といった言葉で表現されていたユーゴスラビア。
 かつてバルカン半島に存在していた、この国は、多民族国家として多くの問題点を抱えていましたが、同時に、異なる文化や価値観をもつ異なる民族が、平和に共存して融和するという高い理想を掲げた国でもあったわけです。
 そしてボスニアの首都サラエボは、各民族の混住が進み、この理想が、もっとも実現に近づいていた街だったと言われています。

 しかし建国の父として強力な求心力を持っていた偉大なカリスマ、チトー大統領が亡くなった後、この国の各地から民族主義という名の、エゴイズムが台頭し、やがて内紛や内戦が続発するという事態に至ります。
 ボスニアでは、ムスリム人とクロアチア人を中心とする勢力がボスニアの独立を推進します。これに対し、セルビア勢力が中心となっていた政府側は、ボスニア内のセルビア人の保護を名目に、政府軍を進出させ、独立派の拠点サラエボを包囲しました。1992年、サラエボ包囲戦の始まりでした。
 こうして昨日まで笑顔を交わして仲良く暮らしていた隣人同士が、銃をとって、互いに殺しあう悲劇が始まったのです。

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 民族主義と戦い続けた信念の人、オシムさんが、自らの生まれ故郷サラエボで起こった悲劇に抗議して、ユーゴスラビア代表監督を辞任したのは、このときのことですね。

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 独立を推進しようとするムスリム人らの勢力と、これを力で抑え込もうとするセルビア人勢力の対立が決定的になったとき、若い恋人たちは苦渋の決断を迫られました。
 ボスコは、多くのセルビア人がサラエボを脱出していく中、アミラとともにサラエボにとどまり、ボスニア軍兵士としてセルビア勢力と戦う道を選びました。
 しかし悲劇は続き、今度は、セルビア人のボスコが、ボスニア軍からスパイの容疑を受けてしまいます。
 これ以上、サラエボに留まることは出来ない。

 アミラとボスコは、手に手をとって、サラエボ脱出を図りました。
 橋を挟んで、セルビア勢力と、ボスニア勢力とが対峙する中を…
 橋の向こう側には、自分たちが一緒に暮らせる世界があると信じて。

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 しかし橋を渡りきる前に、2発の銃弾が、若い恋人たちの命を奪いました。
 どちらの側からの発砲だったかは分からなかったと言われています。

 
   ↑ クリックで動画がスタートします。
 作詞作曲はサルヴァトール・アダモ、訳詞は別府葉子です。



 
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 今日の1曲は上田裕司さんと会田桃子さんによる「リベルタンゴ」です。これも奇跡の1曲だな~

 

 大阪ライブは12月6日(土)です。是非お運びくださいませ。

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