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別府の考え ~ シャンソンとは ~ その7 

 前回まで、越路吹雪さんという大スターに強い影響を受けて形成された昭和のシャンソンスタイル、そして今なお残る、その影響力といった辺りまで、お話をしてきました。

 では、そんな中で、別府は何をしようとしているのか、どんな歌を歌っているのか、これからどんな歌を歌おうとしているのか、そんなお話をしたいと思います。

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 コンサートをやった後、聴いてくださった方々から、いろいろな感想をいただくことがありますが…
 すごく嬉しかった感想に、こんなのがありました。
 「正直、プログラムをみたときは、そんなに期待しませんでした。有名な曲がいくつもあったけど、そんなに好きな曲じゃなかったので。でも実際に聴いてみてビックリしました。こんないい曲だったのですね。大好きな曲になりました」
 40歳くらいの方かな、女性でした。
 まさに別府が、そう感じてくれたら最高だなと思っていたことがズバリだったので、ちょっとウルッとなりそうでした。

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 別府は何も特別なことはしていません。
 それらの曲を、出来るだけ原曲のとおり(というと語弊があるかもしれません、むしろ)、ただ原曲の持っている魅力をそのまま再現することだけを考えて(原語で歌うにせよ、日本語詞で歌うにせよ)、歌っているだけです。
 洋の東西を問わず、それぞれの国でヒットした曲には、もともと素晴らしいパワーがあるのです。

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 別府のこの「シャンソンとは」ミニシリーズ その4で指摘したように、昭和のシャンソンには、わずかに演歌のテイストが混じっているように感じられます。
 でも演歌は、本来ヨーロッパ音楽とは全く異質なものです。
 いわば日本においてガラパゴス的な進化を遂げた独特な文化であって、もともとヨーロッパ音楽と融合させること自体が困難です。
 1音に1音符を割り当てることが可能なほど、言葉における1つ1つの音の独立性の高さは、音楽的な加工や細工を容易にしています。演歌のこぶしや、技巧的なビブラートは、そういう言語としての特徴に由来しているのではないでしょうか。
 そして誰が聴いても演歌と分かる、ある意味形式的に完成したともいえる独特の節回し、ある種の様式美を感じさせます。
 これほど異質なもののテイストを、どうやってヨーロッパ音楽の中に取り込むのか…

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 でも越路吹雪さんは、やってしまっています。
 比較的ゆったりしたテンポの曲に、日本語詞を割り振った上で、意識的なタメを使って意図的なズレを生じさせながら、強いビブラートを使って、そこに日本的な情緒を感じさせる。
 突然、姿勢や視点を変えるような所作、強い眼差しは、どこか見得を切る歌舞伎役者を連想させます。
 そこに圧倒的なオーラをまとった強烈な存在感が加わると、そこには、異質なものの混在を、エキゾチックな魅力として昇華させてしまう独特な世界が立ち現われてくるのです。

 こんなこと他の誰にも出来ませんよ(笑)
 越路吹雪さんの影響を受けることが、どんなに難しく、危ういことか、ご理解いただけましたか。

 別府のやっていることは、真逆です。

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 何も足さない、何も変えない。
 原曲をありのままに再現することで、曲が本来持っている魅力と輝きは、きっと伝わるはずなのです。
 なぜなら…

 (つづく)


 
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 本日の1曲は「リリー・マルレーヌ」です。ドイツ生まれの曲ですが、とても魅力的な曲ですね~

 

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