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別府の考え ~ シャンソンとは ~ その4 

 前回記事からの続きです。
 「シャンソンはフランスの演歌である」という誤解が、一般に流布するようになってしまった、2つめの理由とは…

 別府の考えによれば、それは日本に輸入されてきたシャンソンが、曲自体、元の曲とは少し違ったものになってしまったからです。
 日本で紹介されてきたシャンソンは、その多くが、日本語詞(または日本語訳詞)を付けて歌われました。
 フランス語のままでは、馴染みにくいですからね。
 ですから原曲と、歌詞が変わっているのは当然なのですが、変わるのは、実は歌詞だけではありません。
 テンポ、リズム、メロディーまでが変わっているのです。

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 演奏者の好みによるアレンジという部分はあるでしょう。
 ただ別府には、それよりも、もっと本質的な理由から、リズムやメロディーが変わっているように思えます。

 外国語の原曲に、日本語詞をつける場合、どう歌うかを示すために、音符に日本語詞を割り振る作業をします。
 この作業、実はなかなか難しいのです。
 日本語の歌というのは、基本的には、1つの音符に、1つの音(文字)が割り振られています。

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 これに対してヨーロッパ言語の歌は、1つの音符には、1つの単語または音節が割り振られるのが基本です。

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 したがってヨーロッパ言語の歌は、日本語の歌よりも言葉数が多くなりますし、特にフランス語の歌では、その傾向が強いように感じます。
 曲が饒舌とでも申しましょうか。
 ですからフランス語をそのまま日本語に直すと、音符が全然足りない(笑)

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 もちろん問題はそれだけではありません。
 文章の構造、子音と母音の種類、発音の仕方、アクセントの付け方等々、日本語とフランス語は、まったく異質と言ってよい言語です。
 そのため、もともとフランス語で作られた曲に日本語詞を付けると…
 歌詞がフランス語から日本語に置き換わっただけで、曲自体が別のものになってしまうのです。
 日本語を付けたシャンソンを、その原曲と同じように歌うことの方がむしろ難しくなってしまう。逆に日本語に合うように、テンポ、リズム、メロディーを変えて歌う方が、むしろ自然だと言えるかもしれません。
 昭和の時代に日本に輸入されてきたシャンソンが、原曲とは、大きく異なるアレンジで歌われた最大の理由は、これだと思います。

 hume08.jpg

 そして、昭和の時代に日本に輸入されたシャンソンが、どんなふうにアレンジされたのか。
 具体的には、曲ごとに違うと言うほかありませんが…

 文節の冒頭に来るアクセント、強いビブラート、タメをつけるような歌唱などなど。
 別府は、そこに演歌の影響を感じます。

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 大人の恋をインパクトをもって歌うという目的をもって、ヨーロッパの曲に、日本語詞を移植しようとすると、その時代に隆盛を誇った歌謡曲であり、しかも情感や情念といった近しいテーマを主要なテーマとしていた演歌を意識するのは、ごく自然なことだったのではないでしょうか。
 いや、無意識のうちに、そうなったのかしら。
 だって演歌は、日本語を歌うとき、ごく自然に歌える歌唱法の1つなのですから。 
 いずれにしても、別府は、昭和の「シャンソン」に、かすかな演歌の香りを感じるのです。

 これが「シャンソンはフランスの演歌である」という誤解が、一般に流布するようになってしまった、2つめの理由だと思います。

 (さらにつづく)


 
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 本日の1曲は「ラストダンスは私に」フランス語バージョンです。この曲、もともとはアメリカのリズム&ブルースの曲ですが、フランス語バージョンもあるので、いちおうシャンソンです(ただ大ヒットしたのは英語版の方なので…)。そして原曲は、男性の立場からみた曲のようで。

 

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