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丸谷才一さんの死を悼みつつ… 

 前回の記事で、歴史の謎解きとでも言うべき本を読んでみて、その謎に迫る手法の鮮やかさに、あんぐり口を開けて驚いてしまったーっていうお話をしたのですが…
 本を読みながら、つよく感じたことがありました。

 学問というものは(書いててちょっと照れくさいけど)、膨大な智慧の体系ですよね。
 そしてその専門領域ごとに、およそ異なる事実へのアプローチの方法、方法、発想といったものが、その体系の中に含まれているのでしょう。

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 私たちは子供のころから学校で、いろんな科目の勉強を教わります。
 その中には、生きていく上で役に立つ知識もあるけれど、実のところ何の役に立つんだかチットモ分からない勉強っても少なくないですよね。
 数学の因数分解だとか、国語の文法とか(文法知らなくても日本語喋れるし)…

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 別府、こういう勉強って、知識の習得を目的としているのではなくて、考え方のトレーニングなんだと思います。
 真実にアプローチする道筋は1つではなく、無数に存在する。様々な知の体系は、その果てが見えないほど広く、そして深く広がっていて、人は、その無限に広がる森の中をどちらに向かって歩いて行くことできる。子供たちは、その様々な道筋の、ほんの最初の道のりのいくつかを、それぞれチョットだけお試しコースのように歩いてみるのだと…
 たぶん、真実に至る道のりは無数にあるのだと知るために。

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 歴史学という、別府にはおよそ縁遠い学問のエキスパートの思索の跡を辿りながら、子供の頃、その入り口だけ覗いてみた道筋は、こんな遠くて高い道のりにつながっていたのねーと、しみじみとした感慨にふけったわけでした…


 
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