FC2ブログ
06 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 08

改めて自己紹介?です 

 昨日は、関西在住のシャンソン歌手の方と郊外のお店で昼食をご一緒してきました。
 大きな平皿に季節の食材を少しずつ盛り合わせたステキなお料理に、ちょっと感激。
 話題は最近聴いたコンサートの話から彼女が計画している四国でのコンサートの話にまで及び、さらには喫茶店に場所を移して仕切りなおしと、いつ果てるともないお喋りに夢中になってしまいました。

 でも私の場合、こうしてシャンソン歌手の知人と2人でお喋りなんてホントに珍しいことなのです。だって別府にはシャンソン歌手の友人は2~3人しかいませんから。
 シャンソンを歌う人の場合(シャンソンに限らないかな…)プロ・アマを問わず、まず師匠・先生がいて、そこにお弟子さん・門下生が連なるというのが一般みたいです。そこで門下生同士の交流があって、また別のグループとのお付き合いがあって、みたいな感じ(じゃないでしょうか、たぶん)。
 なぜ別府は違うのか…

 若いころ、私はフランスで語学の勉強をしたいと考えていましたが、とても私費でフランスに行く余裕はありませんでした。そんなときに別府のふるさと高松市が、姉妹都市であるフランスのトゥール市への親善留学生を募集しているのを知ったのです。
 別府がんばりました。フランス語を猛勉強。無事試験に合格し、親善留学生として、フランス留学の夢がかなえられたのです。

00432957.jpg

 帰国後、私は高松で働いていましたが、香川日仏協会からシャンソン教室の講師をしないかというお話をいただきました(この教室が何年も後に発足する別府葉子シャンソン教室の前身となるわけですが、それはともかく)。思い切って講師を引き受けてシャンソンを教えるうち、次第に私は歌うことへの情熱に目覚めてしまったのです。
 小さな集会所、ライブハウス、とにかく自分の歌を聴いてもらうために、企画を練り、場所を手配し、ビラを作り、たった独りの挑戦を始めると、やがてそんな別府に力を貸してくださる方が1人また1人とあらわれてくれました。そんな人たちの後押しも受けながら、ライブをやり、コンクールにも出場して賞をいただき、そしてまた新しい企画を練って…

a0002_001837.jpg

 そんなことを繰り返しながら今日まで来たのです。独りでこの道を歩き始めたときのことを思うと、ホントにささやかながらも東京や大阪でホールリサイタルを開けるようになったこと自体、夢のようなことです。夢はまだまだほんの途中、始まったばっかりですけどね。

 そんなわけで別府には歌の師匠・先生はいません。
 私の歌の師匠は、大量に購入した「フランス版のCD」かも知れません。エディット・ピアフからセリーヌ・ディオンまで、私はただ「聴いて感じたものを人に伝えよう」とし続けてきました。
 曲に訳詞をつけるときにも原曲のイメージが私に伝えたものを再現しようと心がけてきました。
 結果、一般に流布しているシャンソンとは少しイメージやアレンジが異なることもあるみたいです。
 「あの人はジャンルが違うから」って言われたりね。あはは。
 そんな別府です。よろしくご声援くださいませ。
スポンサーサイト



[edit]

trackback: -- | comment: 2